瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

「瀬戸内海の島嶼における地域福祉システムの構築 -住民主体の地域活動の実態調査を通して-」

広島大学 田中聡子

活動の目的

本研究の目的は、過疎と高齢化が進む瀬戸内海の有人島において、島民を支える地域福祉システムをいかに構築していくかを検討することである。研究課題として以下の3点をあげる。第1に、保健、医療、福祉、介護サービスが極端に不足する島嶼において、島民の暮らしと健康を守り、維持していくため包括的にケアする地域福祉システムのあり方を考察する。特に、無医地区において、日々の健康管理や定期通院、健康相談、服薬管理においては十分に整備されているとは言い難い。近隣住民の見守りや互助の仕組みと災害や急病等の緊急時の援助が行われるための地域ケアのあり方について検討する必要がある。第2に、島民が安心して生活するための暮らしの支え合い、助け合い、生きがいづくりのためのフォーマル、インフォーマルな仕組み、特にサロン活動やボランタリーな住民互助活動が展開できるために必要な人的資源や社会資源を明らかにする。第3点は、島嶼部で暮らしていくための仕事づくりについて検討する。島民が暮らしていくためには、若い世代、子育て世代が島で生活ができることが大きな課題である。このことは、高齢者と子育て世代、子どもなど三世代交流を可能にし、高齢者にとっても新たな生きがいや活躍の場を得ることになる。

活動の経過

島の保健・医療・福祉サービスの効果的な仕組みづくりのため島民のニーズ調査を魚島、豊島にて実施した。豊島、魚島はともに島だけで成立する自治体の一部を構成し、本庁機能が別の島に置かれた離島である。島には診療所があるものの、介護サービスや保健サービスが十分とは言えない。豊島甲地区、魚島には買い物をする店が常時営業していることもなく、島民は生活する上で近隣関係を重視している。過疎、高齢化が進む両島の課題は、瀬戸内島嶼の共通課題であると考え選定した。島民の生きがいづくりやインフォーマルな仕組みづくりとして、弓削島のボランティアサークル、佐木島の女性会、佐木島ガイドボランティアのグループにヒアリングを実施し、豊島、魚島アンケート項目に反映するようにした。また、島嶼で暮らしていくための仕事づくりについては、岩城島のIターン農業者や魚島のUターン者にヒアリングを実施し、魚島、豊島のアンケート調査において仕事づくりや活動の場の項目を設定した。

活動の成果

魚島、豊島の対面式アンケート調査結果、及びヒアリングから以下の5点の強みが住民互助やネットワーク化に効果を上げていると言える。
第1に地域住民のお互い様、気にかけるということは、日常的に行われている点である。特に75歳以上の人では近隣との行き来がある人は魚島、豊島で73.7%になる。また、地域活動にも高い割合で参加している。どちらの地域も祭りと清掃活動が高い参加率である。これは、集落全体で行うものであり、できる限り参加するという意味もある。例えば80歳以上の人が参加しているが、主力となって清掃活動をするというよりは、集落の最低限の慣習やルール的な意味での参加に近いのではないか。主力で清掃活動や祭りを実行する人もいれば、住民の役割として参加している人もいるとも考えられる。高齢者も役割意識を持つことが生活意欲の向上や自立した生活の持続には必要であると考える。祭りや清掃活動、運動会は魚島、豊島以外の島(佐木島、百島、弓削島、岩城島等)におけるヒアリングにおいても住民の重要な交流の場である若い世代と高齢者世帯が共に参加することができる島の行事は、地域ケアに必要な資源である。
第2に、生活している高齢者が元気な点である。高齢者が多いので介護保険制度についてはほとんどが認知している。しかし、利用している人はわずかであり、主観的健康感も高い。
第3に、高齢者は屋内の日常生活はほぼ自立している点である。入浴や掃除、食事の準備やゴミ出しなどの家事については自立している人が多い。逆に言えば、日常生活においてほぼ自立していることが島で生活していくことの前提になっているとも考えられる。通院については、ひとりで通院している人が魚島80.6%、豊島78.4%、全体でも79.4%になる。75歳以上でも70%の人はひとりで通院している。島外への通院は船を利用する。魚島では高速船である。しかし、島外でも自分で行っている人が58.8%になる。豊島でも、島外の通院は60.0%の人がひとりで行っている。高齢者は病気とどう付き合っていくかが大事である。定期通院をして自分の健康をコントロールすることができていると考える。
第4に、6割以上の人が野菜や果物などの農作物を作り、収穫すれば近隣の方に届ける、もらった人も多めの贈り物や自分の作った作物を届けるという関係性が自然にできている点である。こうしたことは、見守り以上に活躍の場、役割意識や生活意欲の向上になるのではないだろうか。少ない既存のサービスでも住民同士のこれまでの活動の蓄積によって、高齢になっても畑を媒介として自分が活躍できる場があることは大きな強みであろう。島の高齢者が畑作を行い、Iターン者、Uターン者に技術の伝達を行っているケースもある。岩城島では高齢になった農家の土地を若い世代が耕作している。また農作物販売の事務手続きやインターネットの活用は若いIターン農家が実施し、高齢農家とIターン農家との協働の仕組みができている。
第5に、現在の生活に対する高い満足度である。生活全般に対して「満足している」、「まあそう思う」は魚島91.2%、豊島88.7%になる。特に近所付き合いに関しても8割以上の人が満足している。高い満足があるから、高齢になっても住み続けたいと考えるのであろう。

活動の課題

今後の課題として以下の3 点を上げる。
第1に、健康問題である。主観的な健康状況は「健康」と回答したのは魚島で24.2%、豊島で33.3%である。しかし、「悪い」、「やや悪い」は魚島で21.2%、豊島で24.5%になる。高齢になり、健康面については不安を感じている。第2に、住民の方は困ったことや何か相談がある場合は、魚島、豊島を含めてどの島もまずは親族、子どもに相談すると回答している。最初は身内に相談し、ほとんどのことは解決が図れるかもしれない。同様に最も行き来するのは子どもやきょうだいであるが、緊急時に助けを求めるのは島内の人であり、近隣、親族、友人、区の役員等、島内ネットワークが重要になる。実際に緊急時のために日頃から、近隣で話し合いが重要であると認識もされている。また、特に個人情報保護の観点から、昨今、都市部ではどこの自治区でも要援護者や地域の高齢者のリスト化や連絡先の把握が難しいが、緊急時に個人情報を知らせてもよい人は、調査した島において約8割になる。緊急時体制は近隣の互助組織だけでなく、近隣を基盤に置いた保健、医療、福祉の専門機関と共同で行っていくことが今後は重要になろう。第3は、課題でもあり強みでもある情報収集の手段についてである。地域の情報は魚島、豊島ともに回覧板、次いで町内放送になっている。他の島でも回覧板は安否確認の意味でも重要であった。しかし、さらに高齢化が進むなか、下肢筋力が低下し、回覧板が回せなくなったとき、島内の情報共有や見守り活動をどう設定していくかが課題になる。