瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

香川県小豆島におけるジオツーリズム資源に関する調査: ジオパークの教育利用推進のために

秋田大学 教育文化学部 川村教一

活動の目的

近年、日本でジオパーク(いわゆる地質遺産の公園)が、日本ジオパークネットワークにより認定されるようになり、その数は毎年増加している。ジオパークは、特徴的な地形・地質・生物・文化を総合的に観光・教育に活用しようとするとともにこれら公園の資産を保全するものであり、また地域環境を活用した観光として将来性があるものである。ユネスコによると、ジオパークでは保全、観光と並んで教育的な活用も求められている。しかし、わが国におけるジオパークでは観光行政が主導権を握っており、教育利用における意義・価値があまり強調されておらず、本来のジオツーリズムとはややかけ離れている面がある。瀬戸内海地域では、香川県内で「讃岐ジオパーク」を設置しようという動きが近年盛んである。「讃岐ジオパーク」の候補地の一つである小豆島は、内海としての特徴的な自然景観が広がる地域であるほか、日本列島の形成開始・日本海の拡大にかかわる地殻変動といった地球史の舞台となった地域でもある。また、地質環境と文化のかかわりが色濃く見られる地域である。本研究では、ジオパーク候補地としての小豆島を取り上げ、生涯教育・学校教育の視点から行うジオツーリズムに焦点を当て、ジオパークの観光資源としての視点から自然事象の生涯教育・学校教育的な価値も明らかにしたい。本研究により、瀬戸内海の景観の美しさを体験するだけでなく、大地の生い立ちと瀬戸内海文化とのかかわりを学ぶことを通して、自然環境の保全意識が高揚するようなジオツーリズムの推進に貢献することができる。また、従来推進されてきた瀬戸内海地方のツーリズムや文化活動に、新しい視点からの価値を提案することにもつながる。

活動の経過

1 文献調査・先行研究調査
小豆島の地理的・地学的研究としては、寺戸恒夫の「小豆島の自然環境」(1998)があるが、一般に流布しているものではないので、小豆島の地形・地質的な特徴は様々なメディアを通じて普及する必要があることが明らかになった。また、小豆島のジオツーリズムに関する実践として、某中学校1校による修学旅行があることが明らかになったが、これについての研究成果は明らかにされていない。
2 現地調査概要
第1回:6月21日~ 23日:旧内海町地域(寒霞渓、東部海岸地域花崗岩露頭・石切場跡)
第2回:7月12日~ 16日:土庄町(エンジェルロード、北部海岸での材化石)、旧池田町(三都半島南部:風穴、火道角礫岩岩脈、玄武岩岩脈)
第3回:8月26日~ 30日:土庄町(エンジェルロード動画撮影、肥土山地すべり地形、土庄町・香川県小豆事務所所蔵地下地質資料、豊島)
第4回:10月3日~ 7日:土庄地域(エンジェルロード動画撮影、銚子渓、四方指)、旧内海町地域(寒霞渓、東部海岸花崗岩露頭・石切場跡)
第5回:10月17日~ 21日:土庄町地域(エンジェルロード、土渕海峡)、旧池田町地域(三都半島花崗岩体)
第6回:3月20日~ 23日:土庄町地域(エンジェルロード、土渕海峡)

活動の成果

1 観光資源評価:小豆島内のジオサイト(地形、地層・岩石の露出地)の現地調査
観光資源としてのジオサイト評価のために地質事象(各種地層・岩石、構造など)の踏査を実施した。また交通アクセス状況の評価も行った。
小豆島は、土庄町、旧池田町(現小豆島町西部)、旧内海町(現小豆島町東部)の各地域に区分できる。ここでは土庄町と旧内海町両地域についてジオサイトの調査結果の概要を述べる。
土庄町地域:この地域については、土渕海峡、中余島-大余島にまたがるトンボロ(通称:エンジェルロード)を以下に取り上げる。
土渕海峡は、世界一狭い海峡としてギネスブックに記載されていることで有名である。一見、川に見えるが、潮流により海水の流れる向きが変わるとともに、干満に伴い水位が変化することが川とは著しく異なる特徴である。地形的には海峡であるが、海洋学的にみると潮流や干満を容易に見ることができる点で貴重である。従来は地形学的な特徴が強調されていたが、海洋学的な見どころとして評価されるべきである。町の中心部にあり、アクセスが大変良く、すでに観光地として駐車場利用の便宜が図られていることから、団体利用も可能である。新しく海洋学的な観光サイト(ジオサイト)として開発されることが今後望まれる。エンジェルロードは、「恋人の聖地」として認定され、土庄町内でも人気の観光スポットである。アクセスが良く、団体で訪れることが可能である。この場所では、小豆島南西部の鹿島(本土側)と、中余島、その沖合の大余島を結んでトンボロ・砂州が発達している。このトンボロは潮の干満に伴い、海面下に沈んだり、海面上に顔を出したりする。現地調査で観光客の動向を調査したところ、干潮時のトンボロが海面上に現れるころに観光客は多く、トンボロ・砂州上を歩いている様子が多く見られた。満潮時には、観光客はほとんど見られない。これらのことから、観光客は、「恋人の聖地」を訪問する以外に、一時的に細長い陸地化した通路を歩くことに価値を見いだしているようである。潮の干満は数時間もかかる現象であることもあってか、トンボロの出現・消滅について観察・体験するという自然現象の不思議さを体験するには至っていないように思われる。旧内海町地域:この地域の例として、寒霞渓およびその周辺について取り上げる。
寒霞渓は、小豆島層群の火山角礫岩などの地層が断崖をなした渓谷で紅葉が観賞できる場所として有名である。団体利用ができ、渓谷の入口までバスによるアクセスが可能であり、渓谷内へは徒歩で移動する必要がある。地学的に見ると、激しい火山噴火で形成された多量の角礫などを含んだ地層が厚く堆積している様子が観察でき、日本列島が大陸から分離しつつあるころに起こった地殻変動の激しさを想像することができる場所である。単なる渓谷美だけでなく、地層を観察するためには地層に近づく必要があるが、その目的に適しているのは「裏八景」である。しかし、徒歩による移動距離がやや長いのが難点である。その他、寒霞渓近くの小豆島霊場清滝山境内の大露頭も地層観察に好適である。
2 提案:今後開発・整備すべきジオサイト
ジオツーリズムとして団体が利用することを想定して交通アクセスが良いこと、初等・中等教育レベルでの学習が可能な自然事象であることといった視点から、ジオサイトをランクA(好適)、B(適)、C(発展的内容)に区分すると以下の通りとなる。
ランクA:(通称)エンジェルロード、土渕海峡、寒霞渓とその周辺の小豆島層群露頭
ランクB:東部海岸石切場跡
ランクC:銚子渓、肥土山、四方指、三都半島南部岩脈、北部海岸化石転石、重岩

活動の課題

ジオツーリズムを成功させるために、まず小豆島のジオサイトの教育利用ニーズを探ることが必要であろう。またツアー参加の児童生徒は観察しただけでは地質事象を理解するとは限らない。小豆島のジオサイトにみられる事象を理解するためのモデル実験教材の開発とともに、ジオガイド養成が今後の課題となる。