瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

瀬戸内地方における初期農耕文化の受容と生業変化に関する基礎的研究

明治大学 研究知財・戦略機構 中沢道彦

活動の目的

瀬戸内地方における水稲農耕と畠作の複合による農耕文化の伝播と拡散の過程を復元することで、日本列島における初期農耕文化成立期に瀬戸内地方が果たした役割の重要性を明らかにすることを目的とする。農耕の伝播・拡散の議論の検証では丑野毅が開発したレプリカ法(丑野・田川1991)を用いた。
土器の種実圧痕などにシリコン樹脂を注入、型取でレプリカを作製し、走査型電子顕微鏡で観察するレプリカ法は、その土器の時期にその栽培植物が存在するという検証が可能で、土器編年で精緻な時間軸が整備された日本列島で栽培植物が伝播・拡散する過程を復元する上で有効な手法である。これまではイネ籾圧痕の検出が中心であったが、微細なアワ、キビ種実も検出され、水田農耕に伴う畠作の検証も可能になっている。
レプリカ法で明確になった初期農耕の時期の検証に加え、該期の狩猟、採集、漁猟などの伝統的な生業の復元も行い、農耕という新たな生業が加わる過程での伝統的な生業の変化の有無、そしてそれに伴う社会の変化を分析する。

研究分担者
中村豊・濵田竜彦・川添和暁・倉内伸幸・遠部慎・丸山真史

活動の経過

研究は三つの方向性により行った。
一点目は、瀬戸内での各地域の農耕文化受容の時期の検証を目的に、瀬戸内地方の縄文時代晩期後半~弥生時代前期の土器の種実圧痕をレプリカ法で調査した。調査を実施した遺跡は和歌山県堅田遺跡、立野遺跡、兵庫県大開遺跡、片引遺跡、玉津田中遺跡、丁・柳ヶ瀬遺跡、山口県山口大学構内遺跡、奥正権寺遺跡、徳島県三谷遺跡、庄・蔵本遺跡、名東遺跡、宮ノ本遺跡、香川県林・坊城遺跡である。中沢道彦、中村豊、濵田竜彦が行った。
二点目は、伝統的な生業活動に農耕という新たな生業が加わる過程での生業複合の変化を明らかにすることを目的に、栽培植物の種実圧痕が検出され、かつ動植物遺体が充実する遺跡を選定し、動植物遺体の同定、年代測定、石器・骨角器など狩猟具の分析を行った。
骨角器については、生業を構成する道具の視点のみならず鹿角製儀器から社会復元も視野に入れた視点で、川添和暁が分析を行った。モデルとなる徳島県三谷遺跡の動物遺体の同定を丸山真史が行い、同遺跡試料の年代測定、同位体分析を遠部慎が行った。また、レプリカ法による種実圧痕調査に併せて、徳島県庄・蔵本遺跡の弥生時代前期畠址出土の炭化種実の同定を倉内伸幸が行った。
三点目は、考古学資料の変化とレプリカ法で明らかになった農耕受容の時期の照合から農耕文化成立期の遺構、遺物の変化の相関性を、上記の調査遺跡を中心に分析する点である。

活動の成果

レプリカ法調査においては、和歌山県徳蔵遺跡出土の縄文時代晩期末長原式併行の突帯文土器からイネ、アワ圧痕を確認した。近畿でも和歌山県でのレプリカ法による種実圧痕の検証は初である。兵庫県玉津田中遺跡では縄文時代晩期末~弥生時代前期土器にアワ類似圧痕、キビ類似圧痕を確認した(第1図)。玉津田中遺跡例では厳密な意味で同定に至っていないが、播磨では該期に初期農耕文化の畠作が導入された仮説の状況証拠にはなりうる。今後も近隣地域で調査を進めたい。兵庫県片引遺跡、丁・柳ヶ瀬遺跡出土土器では種実圧痕の存在が判然としなかった。
徳島県三谷遺跡出土縄文時代晩期末~弥生時代前期土器の種実圧痕の調査は2011年に一部実施し、該期土器からイネ、アワ、キビを検出していたが(中沢・中村・遠部2012)、今回、さらに調査を進め、イネ、アワ、キビの大陸系穀類のデータを確認した。前回の調査ではアワ、キビ圧痕は縄文時代晩期末土器でも確認できたが、イネの籾痕は弥生時代前期土器のみでしか確認できなかった。しかし、今回の調査で縄文時代晩期末突帯文土器に籾痕を確認した。三谷遺跡から約600m離れた徳島県庄・蔵本遺跡では弥生時代前期中葉の水田址、畠址が検出されているが、それを遡る突帯文土器群でも末の時期にイネの水田栽培、アワ、キビの畠栽培が導入された蓋然性の高さを確認した。また、前回の調査ではアワ圧痕は1点のみしか検出できなかったが、今回の調査で11点以上確認し、縄文時代晩期末にキビと同等レベルのアワ栽培を見通せた。また、突帯文土器の1個体の壺から16点のキビ圧痕、2点のアワ圧痕、計18点のアワ・キビ圧痕を確認した。土器の残存率が1/3程度であることから、当初からこの個体は50点以上の種実圧痕をもっていたと推定される。なぜ、多数の種実圧痕をもつ土器が存在するのか、土器の製作まで遡って追究すべき新たな課題が生じた。
縄文時代晩期末主体の三谷遺跡では7体の埋葬犬が出土したことで著名であるが、動物遺体では哺乳類でシカ、イノシシ、イヌ、タヌキ、ニホンザル、ノウサギ、ムササビ、ネズミ、カワウソ、魚類でサメ類、エイ目、トビエイ、クロダイ属、タイ科、コショウダイ、ヒラメ、ガンゾウ、スズキ、ボラ科、マアジ、マハゼ属、コチ、ニシン科、マハタ属、ニシン科、ウナギ、ナマズ科、ウグイ属、フナ属、コイ、アユなどを同定している。また、植物遺体でイネや堅果類でイチイガシなどを同定した。
この他、徳島県宮ノ本遺跡では突帯文土器に籾痕、徳島県庄・蔵本遺跡で弥生時代前期土器にキビ圧痕を確認している。庄・蔵本遺跡では畠址検出植物遺体でイネ、アワ、キビ、エゴマなどを同定した。川添和暁は大阪府水走遺跡、岡山県百間川沢田遺跡、門田貝塚、愛媛県阿片遺跡出土の縄文時代晩期後葉~弥生時代前期の棒状鹿角製品、有鉤鹿角製品などの製作技法、使用状況、廃棄状況を分析、日本列島規模での変遷案を示し、これらが集団を表象する道具として存在し、初期農耕導入時において狩猟、漁撈を重視する集団の存在を見通した。

活動の課題

本研究の成果は既に下記の論文や研究発表等で行っている。初期農耕導入のモデル遺跡として分析を行った三谷遺跡は動植物遺体や土器の種実圧痕の多くのデータを得られた。今年度、総合的な自然遺物報告書の編集を行う予定である。その過程で三谷遺跡の通年の生業活動の復元を行う。
レプリカ法による土器の種実圧痕調査では四国地方を中心に一定の成果が得られたが、今後も継続して調査を行う。特に突帯文土器編年の中でより細かな時間軸、小地域の中でイネ、アワ、キビ栽培導入時期の明確化を図りたい。