瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

「船」からみた四国

香川歴史学会・四国地域史研究連絡協議会 丹羽佑一

活動の目的

四国地域史研究連絡協議会では、四国各県で活動している歴史系・民俗系の学会がその成果を相互に交換し、研究の発展に役立てることを目的として、年1回、四国四県に関わるテーマを設定して大会を開催している。第6回を迎える平成25年度大会は、香川県が会場県となり、テーマを「『船』からみた四国」に設定し、公開シンポジウムを開催した。
四国は海に囲まれ、四県すべてが海を抱えている。陸路が現在ほどの発達をみていない前近代において、人、物、情報の移動は船を媒介にしてきたといえる。また、近代以降においても陸路の発展とともにその位置と意味を変えながらも、一定の役割を果たし続けてきた。つまり、四国において「船」が社会・文化を形成する必要不可欠な要素として存在し続けていたと言い換えることができるのである。本大会のテーマはこの「船」に着目することで四国のあり方を考えようとするものである。
四国を題材にした場合、四県ともに社会にとって船が重要な要素を占めていたという共通点をもつと同時に、瀬戸内海と太平洋という異なる性格をもつ海を有しているという相違点も指摘できる。このように見てみると四国は、「船」を通じて検討する素材として最適ともとらえることができる。
本大会では上記に述べたような問題関心のもと、四国の歴史と文化を考える機会とした。大会には、連絡協議会員のみならず、広く一般にも参加を呼びかけ、海に囲まれた四国のあり方を見直し、新たな四国像を発見する契機となることを目的とした。

活動の経過

平成25年3月に大会テーマに沿って、基調講演の講師、シンポジウム報告者を協議した。基調講演の講師選出については開催県である香川県が担当し、和船研究について豊富な実績と知識をお持ちの安達裕之氏(東京大学名誉教授)にお願いすることになった。各県の報告者については大会テーマにふさわしい報告ができる人物を各県で選出することとし、3月31日までに次のように決定した。
●香川県 織野英史「瀬戸内の和船と道具の発達―一本水押の棚板構造船をめぐって―」
●高知県 関 隆造「土佐藩船手による船舶運航について」
●徳島県 徳野 隆「江戸時代 阿波の民衆が見た異国船」
●愛媛県 大成経凡「海事都市・今治の身近なルーツ~母船式蟹漁業の先駆者・八木亀三郎~」
報告については、シンポジウムまでに各県でプレ報告を行い、内容の深化をはかってもらった。また、各県報告のテーマや概要を、講師および報告者に適宜伝え、シンポジウムにおける討論でも活発な議論となるよう準備をお願いした。

活動の成果

大会は、午前に基調講演と報告の一部、午後に報告および討論を行った。
講演では安達裕之氏より「日本船舶史の流れ」のタイトルでお話しいただいた。
安達氏は、これまで取り組まれてきた和船の歴史、特にその構造的な展開について、豊富な図版を提示しながら、お話しされた。今回のテーマでは、「船」に着目して四国を考えるものであることから、その「船」の構造的な特徴や歴史的変遷は、議論していく上で最も基本となる部分である。洋式船構造の和船への導入という近代への移行までをも含めた講演により船の日本的な特徴を理解でき、シンポジウムでの討論への重要な布石となった。
織野報告は、香川県からの参加ではあったが、テーマを瀬戸内海におき、近世以降の和船の主流となる「一本水押構造」について造船技術や材料に視点をおいて検討した。報告の中で近世の一本水押構造は瀬戸内海を中心に展開した可能性が示され、「船」の構造からみた四国の位置付けを考える重要な提起があった。
関報告は、大名の船団を素材として取り上げ、運用する船頭とその運航状況、操船技術などについて検討するものであった。参勤交代での海路の利用など海に面した藩らしく、船とそれに関わる技術は実際的な意味をもつものであり、船頭たちは実力を重視したかたちで編成されたことが示された。海が分かち難く社会に結び付いた四国における船とその操縦者のあり方が浮き彫りとなった報告であった。徳野報告は、徳島藩の村落における異国船対応のあり方について複数の事例をあげて検討するものであった。長い海岸線をもつ徳島藩では、異国船対応の実際は沿岸村落や漁村が担っており、その結果遺された記録類からは当時の海外認識や異国人に対する意識など豊富な社会情報を得られることが示された。徳島藩は全国的にみても早い事例となる18世紀末に異国船の漂着を経験しており、江戸時代後期から幕末にかけては多数の異国船の関わる事件に対処している。本報告により海に囲まれた四国と異国船の深いつながりが示された。
大成報告は、今治における造船や海運などの海事の関わりに注目し、今治を「海事都市」と規定することを出発点としている。海事都市今治を象徴する人物として八木亀三郎という人物に焦点をあて、彼の大型蟹工船が国内における先駆けであり、今治の隆盛に大きく寄与したことを指摘した。船による活動が経済や社会に大きな影響を与えた姿を具体的に描き出した報告であり、四国の別の地域においても同様な展開が想定されるものであった。その意味で、四国と海事のあり方の一典型を示すものであったと位置づけられるであろう。講演、報告をふまえ、講師と報告者を中心にして、「『船』からみた四国」をテーマとして討論を行った。討論の司会は、香川歴史学会の山本秀夫氏が担当した。
山本氏は、讃岐をフィールドにし、「浦」社会を、漁の実態や浦運営の様相、流通など多角的な視点で分析することによって近世社会における「浦」の位置付けについて研究している。浦において船は社会を構成する重要な存在であり、今回のテーマにおける司会役として最適であるとして選出された。
討論は、和船の構造に関して、安達講演や織野報告を中心にした検討からはじまった。関報告にみられる近世大名船団の船頭編成における操船実力の位置付け、徳野報告における日本社会からみた異国船や異国人、異国情報の捉え方、大成報告における海事と地域発展との関わりなど多岐にわたる議論が行われた。
設定したテーマが多様な視点を内包しているものであり、シンポジウムの目的として最終的な結論を出すというより、「船」という視点を取り上げることにより、新たな見方や再発見の契機となることを目論んでいた。その点からみると、多岐にわたる議論はその目論見を達成したといえるであろう。そして、単に複数の議論が行われたのではなく、それぞれが四国史を考える上で重要な意味をもつものとなったことは、大きな成果となった。

活動の課題

今後の課題は二つある。
一つは、船からみた四国というテーマから見えてきた研究課題の深化である。シンポジウムは一般公開されたものであったが、主たる出席者である四国地域史研究連絡協議会に所属する各学会は、シンポジウムを出発点として検討と検証を続けていくことが必要となろう。そのための基礎材料となるシンポジウムの記録作成は、香川歴史学会が担うべき役割となる。
いま一つは、四国地域史研究連絡協議会の継続である。150人という多数の参加者を得た大会となったが、この成果に満足することなく、四国四県が共同して研究活動を行い、自県内に閉塞しない広がりを求めていき続けなければならない。