瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

愛媛県大島におけるビレッジサイン(手話方言)の保存及び言語学的分析のためのデータベースの構築

関西学院大学 人間福祉学部 平英司(研究代表者)、矢野羽衣子、松岡和美(慶應義塾大学)

活動の目的

ろう者は、およそ1,000人に1人の割合で誕生すると言われているが、愛媛県今治市大島にある宮窪地域(画像1)は2010年の段階で人口の0.56%にあたる13人のろう者が生活をしている。彼らが使用する手話(宮窪手話)は、全国的に使用されている日本手話とは異なると言われているが、未だ宮窪手話の実態は明らかにされていない。そこで、本研究は宮窪手話の実態を明らかにすべくデータ収集および分析を行った。

活動の経過

ろう者の人口率の高い世界中の地域で見られる手話(村落手話)と同様、宮窪手話も消滅の危機にさらされている。その背景には、宮窪手話話者の高齢化や日本手話の影響等が挙げられる。後者の要因としては、島外にあるろう学校への就学や島外のろう者との交流、島外への移住などがある。そのため、本研究では、宮窪地域出身のろう者である矢野が中心となり2度にわたる島での言語収集活動を行うとともに東京や九州に住む宮窪手話話者にも協力を依頼した。収集した言語データは宮窪手話での会話や一人語り、語彙等である。それらを宮窪手話話者に依頼し、動画分析ソフトELANにてデータ化するとともに(画像2)、日本手話と比較分析を行った。なお、今回、日本手話の比較分析は、他の村落手話の研究で基本的事項とされる「数」の表現を中心に行った。また、成果は日本言語学会(「愛媛県大島のビレッジサイン(手話方言)における数と時表現」)や社会言語科学会(「宮窪手話の「数」に関する表現-日本における危機言語-」)にて公表を行った。

活動の成果

今回、宮窪手話のデータを収集するとともに、「数」の表現を中心に分析を試みた。
1. データの収集・保存
フィールドワークからろう者の親族等聞こえる者の中にも宮窪手話が話せる者がおり、宮窪手話の話者は、ろう者以外に20名ほどの使用者がいると推測される。また、漁業を営むろう者の同業者の中にもある程度宮窪手話が話せる者もいる。今回、フィールドワークによる記録に加え、約100分のデータを収録し、動画分析ソフトELANにてデータ化を行った。
2. データの分析~「数」の分析を中心に~
今回、「数」の表現を中心に日本手話との比較分析を行い、以下のことが明らかとなった。
①「数」を表す語彙について/1/~/10/の表現が宮窪手話と日本手話では異なり、特に宮窪手話では/6/以上では両手指を用いる表現の他、頬を用いる表現も存在する(画像3)。
②デジタル型の表現2桁以上の数の表現では、「15」と表す際に、「1」→「5」というような日本手話には見られないデジタル型の表現が宮窪手話に見られた。
③紙幣を基にした表現桁数の多い数の表現は金額を表す際に用いられることが多く紙幣のデザインを基にした表現が用いられる。これは日本手話には見られない。
④「数」の構成例えば、「5万」を表現する際に日本手話では「5」→「万」と表現するのに対し、宮窪手話では「万」→「5」と表現する等「数」の構成の語順が異なる。
他にも、日本手話での「数」の手型を抱合する語彙の原型が宮窪手話に見られるのではないかという考察(平、矢野、松岡2015年)や「時」を示す表現が日本手話や他の手話言語で見られるようなタイムライン(未来は身体の前、過去は身体の後ろで表される)とは異なるという分析(矢野、松岡、平 2014年)もなされている。

活動の課題

今回、今まで研究対象とされてこなかった宮窪手話を取り上げ、分析を試みたわけだが、「数」の表現を中心とした限定的なものである。宮窪手話は現在、消滅の危機にさらされている。今後、さらなる分析や保存・収集活動が早急に求められる。