瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

覚城院蔵書の整理保存と基礎的研究 2014

大阪大学 大学院 文学研究科 中山一麿

活動の目的

本研究は、貞治5年(1366年)に讃岐国大川郡与田村(現、東かがわ市)に生まれ、与田寺をはじめ香川・岡山・徳島などで多くの寺院の再興に尽くした増吽に関する研究の一端として、香川県三豊市仁尾町に所在する覚城院の蔵書調査を行うことを目的としている。
本年度はその第一段階として、保存環境の改善と虫払い及び配架整理を最優先課題とする。

活動の経過

覚城院調査は2010年に「備讃地域の高僧と文化-増吽・忠阿・蓮體の足跡を中心に-」(代表研究者中山一麿、福武学術振興財団瀬戸内海文化研究・活動支援助成、調査・研究助成)により、経蔵内の実見と周辺の史跡調査を行って以来、一年に1、2回の調査を続けてきた。
覚城院には蔵・屋根裏部屋・本堂内と、3箇所に典籍類が分置されているが、諸々の事情を勘案して、まず本堂内に蔵されている典籍類について、配架状態の改善に取り組んできたが、その作業を通して、蔵書の中に占める中世文献の比率が高いこと、保存状態が非常に好ましくないことなどが明らかとなった。
2014年度は、頁開きや虫干しなどを一点一点の典籍に対して行うと同時に、貴重と思われる典籍には栞を挟むなどの処置を施していった。また、後半期には他の研究者にも協力を要請し、整理作業から本格的な書誌調査へと移行すべく準備を進めていった。

活動の成果

【虫干し・頁開き作業について】
本堂須弥壇下に蔵される30函ほどの典籍を対象に行った。中には開披不能の典籍も散見されるが、約半数の14函までの作業を完了している。
【注目される典籍類】
覚城院蔵書の特徴の一つとして、室町中期以前の典籍が比較的多く残っていることがあげられる。現在確認している最も古い書写奥書は大治元年(1126年)で、平安後期まで遡る。また、蔵書を整理していくにつれて、以下の様な観点が研究課題として浮上してきている。
①寂厳の自筆本を含めた関連聖教が残っている。寂厳は倉敷の宝島寺を中心拠点として、書や悉雲学で名を馳せた僧である。新安流の祖浄厳の法脈に連なり、覚城院の三等とも交流があった。同じく浄厳の高弟である蓮體に関する典籍も多数残されており、今後、新安流の布教活動と連動した近世初期仏教の実態解明に繋がる資料となろう。
②江戸中期には、塩飽本島の正覚院快澄が覚城院典籍の補修を行ったことなども複数の典籍に記されている。瀬戸内の宗教圏を考える上でも重要な視点となろう。
③覚城院中興増吽の奥書を有する典籍は未だ発見し得ないが、師の増恵、弟子の宗任に関わる典籍は散見される。また、覚城院と同じく増吽中興の寺院である安住院(岡山市)の調査で見いだされた典籍からの情報も含めると、増恵―増吽―宗任と継承された典籍の多くが、紀州の根来寺で書写されていると考えられる。南北朝から室町初期に於ける信仰のみならず、文化の伝播経路を考える上でも貴重な視点を提示するものと考えており、今後の重要課題となろう。なお、これについては、紀州地域学共同研究会第6回例会において「増吽年譜雑考─安住院・覚城院蔵書調査の近況から─」と題した発表も行った。
【その他】
蔵内収蔵物は過去に調査がなされているが、既に20年近く経ているため、虫干しと所蔵確認が必要であろう。屋根裏部屋の収蔵物についてはにわかに手が付けがたい状態であるが、相当量の典籍の所蔵を確認した。

活動の課題

本研究は未だ研究開始に向けた環境整備をしている段階である。覚城院の蔵書は年代的にも古いものが多く、非常に貴重であることが次第に確認されつつあるが、本格的な学術調査を行うには、今しばらく保存状態の改善処置を施す必要がある。また、今回調査対象としているのは本堂内に保管される典籍であるが、蔵及び屋根裏部屋にも相当数の典籍が残っており、今後の課題となっている。