瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

広島県域に遺る宗教彫像の基礎的調査研究―山陽道と瀬戸内海周辺を中心に―

三原市教育委員会文化課 濱田恒志

活動の目的

山陽道と瀬戸内海という二つの重要な交通路を擁する山陽地方は、古来、都と大宰府、果ては大陸までを繋ぐという性格ゆえ、宗教文化の形成においても極めて重要な位置を担ってきた。本研究は、特に広島県域に遺る宗教彫像に着目し、基礎データや画像資料の収集・蓄積を行い、それによって、当該地域における彫像の分布、尊種、様式の実際を確認し、その造形上、信仰上の特徴を把握することを第1の目的とする。さらに基礎調査の成果を踏まえ、先述の地理的意味と伝存作例との関連性や、広島県域の宗教的意味に迫ることを第2の目的とする。

活動の経過

本研究では、広島県域に遺る宗教彫像の基礎データと画像資料の収集・蓄積を第1の段階とする。調査の方法は、作品の調書作成と写真撮影が主なものである。調書作成にあたっては、彫像各部の形状の観察、法量の測定、制作技法の検証、保存状態の記録を行い、これを統一的なフォーマット上に記述する。写真撮影では、デジタルカメラによって像の全方向、像底、内部を記録する。以上の方法により、特に広島県東部の瀬戸内海沿岸地域および古代山陽道周辺に伝存する16件、58点の宗教彫像について調査した(一部、前年度に調査した作例も含む)。この調査においては、近隣地域を拠点とする5名の研究者から適宜協力を得た。
さらに本研究では、この収集データをもとに、作品の様式、制作年代、安置経緯を考察する。これについては、全国に所在する基準作例との照合や、文献資料の博捜が不可欠となる。このため、関西・関東方面はじめ各地での作品調査、文献調査を適宜敢行した。以上の調査研究成果の一部は、三原市主催の企画展「瀬戸内の十字路 三原の仏像展」(2014年9月4日から10月13日まで、於三原リージョンプラザ展示ホール)および、その展覧会図録である、三原市教育委員会文化課編『三原の仏像』(三原市教育委員会、2014年9月)において公表した。

活動の成果

本研究の成果として特に挙げられるのは、次の2点である。
第1に、調査作例の基礎データと画像情報を、今日的研究水準での定型化した方法により公表したことである。日本彫刻史研究において、作例の基礎データの記述方法や、画像の掲載方法には、研究の蓄積によって定型化したものがある。研究者はそれによって、未見の作例であってもその実像を一定の精度で想定し、自身の研究の参考とすることができる。したがって、調査作例の基礎データを研究者間の共通言語の中に落とし込み、公表することは、対象作例の研究水準を向上させる上で極めて有益である。しかしながら、広島県域の仏像の場合、既に存在が公に知られている作例であっても、いまだそれが不十分な場合が大半であった。今回、調査作例のうち23件、44点の基本情報を、後述の成果物において新たに公表した。
第2に、古代以来交通の要衝である沼田川流域において、古代から中世にかけての多彩な仏像が伝存していることを、あらためて明らかにしたことである。広島県三原市を二分するように流れる沼田川は、備後国と安芸国の境界に位置し、本郷町周辺で古代山陽道と交叉し、平野部を貫流して瀬戸内海に注ぐ。境界かつ要衝であったその流域には、数々の宗教遺跡や寺院が所在する。本研究では前掲の目的に基づき、この流域に所在する宗教彫刻を特に集中的に調査し、前掲の成果を得るに至った。特に、平安前期彫刻は沼田川流域のなかでも下流域に多く確認でき、これは当該年代に主要な交通路が陸路から海路に変化したことによるとみられること、棲真寺の仏像が慶派仏師による13世紀前半の作であり、慶派は関東武士と関わりが深いことから、それらの仏像は、同寺を創建した関東武士・土肥実平の関係によってこの地にもたらされた可能性があること、米山寺には、かねてより知られていた行道面(県重文)だけではなく、他にも優れた鎌倉時代彫刻が多く伝存していること、などが主な新知見として挙げられる。
本研究による直接的な成果物としては、次のものがある。
・三原市教育委員会文化課編『三原の仏像』、三原市教育委員会、2014年9月
なお、本研究の直接の成果物ではないが、関連する刊行物に次のものがある。
・三原市教育委員会文化課編『善根寺の仏像』、善根寺保存会、2015年3月
・濱田恒志「三原の仏像展覚え書き」、『広島県文化財ニュース』第223号、2015年3月刊行

活動の課題

本研究は、交通の要衝としての広島県に着目し、県域の宗教彫像を調査したうえで、こうした地理的特性と彫像との関連性を見いだそうとする試みであった。今回、特に沼田川流域を集中的に調査し、当該地域に関しては一定の成果を上げることができた。今後の課題としては、より多くの対象作例を調査し、また対象地域も拡大していくことで、基礎データの蓄積を豊かにし、研究精度の向上を図ることがあるだろう。本研究で得た基礎データ、画像、考察した内容についても、未公表のものは研究を継続し、学術論文等の形で逐次公表し、学界や地域の文化財保護活動に資することを期したい。