瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

宮本常一資料による瀬戸内海の里海文化の研究

愛知大学 印南敏秀

活動の目的

芸予諸島は魚介類が豊富で、日本の家船の中心地である。宮本常一は海民に強い関心をもち、芸予諸島の家船を調査し論文や調査ノート、写真を残した。三原市能地は地元の故鮓本虎夫が、調査カードや写真、民具を市立図書館等に寄贈している。宮本資料と鮓本資料をもとに現地を歩き現状を把握し、海民の自然と文化を明らかにする。

活動の経過

宮本資料は周防大島文化交流センター(宮本常一記念館)で写真・調査ノート・蔵書等を整理した。鮓本資料は、能地の調査カードや写真、民具を市立図書館に寄贈し、整理して目録ができた。
○鮓本と宮本との間の往復書簡を比較して、鮓本の能地の家船調査について、宮本の指導がどこまで反映されていたのかなどを明らかにする。
○宮本調査研究を具体的に今に残すのは、戦前から昭和40年頃までは神奈川大学常民文化研究所、その後は武蔵野美術大学、近畿日本ツーリスト観光文化研究所である。観光文化研究所はすでになく、武蔵野美術大学に民具などとともに移された。両機関を訪ねて、宮本関係資料などを閲覧し、確認した。
○三原・尾道・竹原の現状を巡検した。特に、尾道市吉和、三原市旭町・能地、竹原市二窓などの漁村と海沿いを歩いた。

活動の成果

鮓本から宮本への書簡からは、終焉期の家船調査の難しさが語られている。鮓本は能地での調査を通して、文学者から民俗学者へと変わり、椋梨ダム水没地域の調査に全力を尽くすことになる。印南はごく一部しか見ていないが、書簡調査はプライバシーが今後も大きな障害となりそうである。書かれた当時の社会など全体的な状況や、人間関係などを知らないと、整理しても、意味付けできず、公表できない可能性が大きい。書簡は公的資金による、公開を意図した研究にふさわしかったか課題が残る。
印南は、尾道・三原・竹原の漁村や海沿いを歩いた。三原市はタコでのまちづくりに、地先の海産資源の「タコ」を活用し、今のところ成功している。ただし、ほかの漁村の衰退は、40年前から知る私にとっても予想以上に厳しいものがあった。その原因は、高度成長期に瀬戸内海の自然が大きく損なわれ、海産資源が回復できないことである。一部では、さらに悪化している状況もみられる。行政と漁協が稚魚放流などで資源回復を試みているが、生きる里海が回復していない。
地域民が連携して活動を持続、継続していく必要がある。科学的な裏付けも大切で、瀬戸内海の自然や文化について精緻で持続的な調査研究が必要である。

活動の課題

瀬戸内海の生態と文化の異なる地域で、人文・社会・自然科学のさまざまな分野からの成果を総合化するための手法について、現場を訪ねて考えてみたい。

  • 2016年秋廃業予定の竹原市忠海の石風呂。瀬戸内海民文化を象徴する

  • 里山の枝木を集めて、石風呂の燃料に。最後の枝木集め

  • 石風呂に海草の藻を敷く