瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

瀬戸内ツバキの遺伝資源の保護と活用に関する研究

九州大学 水ノ江雄輝

活動の目的

本研究は(1)瀬戸内海地域に保存されたツバキ古木の由来を明らかにすること、(2)瀬戸内海地域に自生するヤブツバキ集団の遺伝的多様性および系統分化を明らかにすることで、瀬戸内ツバキの遺伝資源の保護と活用のための基礎的資料を供することを目的に実施した。

活動の経過

●平成28年5月、7月、9月
大分県の北部・中部・南部において、自生ツバキおよび古木ツバキの生育調査を行った。計40個体より採取した枝葉よりDNAを抽出し、個体間の遺伝的類縁関係を調査した。
●平成28年10月
上述の「大分県における自生ツバキと古木ツバキの遺伝的類縁関係」について、研究成果を日本ツバキ協会誌「椿」55号へ寄稿した。
●平成28年11月~平成29年3月
愛媛県、香川県、広島県、岡山県、兵庫県および和歌山県の11地域より189個体の枝葉を採取し、7地域より96個体の花を採取した。これら個体のDNAを抽出し、自生集団内・集団間の遺伝的多様性を評価すると同時に、西日本におけるヤブツバキの植物遷移の過程の解明を試みた。さらに、花色多様性を評価し、その要因となる花色発現機構について、アントシアニン色素の観点から調査を継続しており、研究結果を学協会にて今後公表する予定である。

活動の成果

自生ツバキと古木ツバキの遺伝的類縁関係の調査では、大分県の北部・中部・南部の自生集団より31個体、および中部の古木ツバキ9個体(推定樹齢160~308年)の間における遺伝的多様性の評価により、古木ツバキは地域の自生個体と遺伝的に近く、地域の自生個体と共通する由来を持つことが明らかとなった。
ヤブツバキ自生集団の調査の過程において、有用形質を持つ個体が多数確認された。愛媛県では11月に開花(通常は1月~3月)する個体、兵庫県では白花の個体、そして和歌山県では花に芳香を持つ個体が存在した。また、複数の集団において、花形・花色の多様性が認められたことから、自生集団内にはさまざまな表現型の変異が存在することが明らかとなった。豊富な遺伝資源が存在する一方、自生集団の多くで、自生個体の近隣に園芸品種が人為的に植栽されているのが確認された。また、他の自生地でも、林業利用による山林開発がツバキ自生林の近隣まで認められた。これらのことは、将来的に自生個体と園芸品種の区別が難しくなるだけでなく、地域に固有の遺伝子資源に対して、雑種の形成による遺伝子侵食が生じる可能性が示唆された。そして、このような雑種形成の恐れがない地域でも十分な保護管理が行われておらず、自生集団の縮小が懸念された。
以上のことから、瀬戸内海に自生するヤブツバキには、園芸利用上も有用な形質を持つ個体が多数存在し、今後の調査によっても新規有用形質を持つ個体がさらに発見される可能性がある。しかしながら、園芸品種から自生個体への遺伝子侵食、および山林開発による自生集団の縮小などによって貴重な遺伝資源が失われる可能性があることが明らかとなった。

活動の課題

瀬戸内海地域では、園芸植物としてのツバキに対する関心は高いが、自生ヤブツバキの豊富な遺伝資源に対する関心はあまり高くなく、本研究より得られた情報を適切な保護および活用につなげていくための組織や制度が不十分である。そのため、本年度得られた研究材料を基により詳細な調査分析を行うと同時に、本研究・活動に関する情報発信を継続して行う必要がある。

  • 本研究の調査地点(ヤブツバキ自生地)

  • 大分の自生林(右手に人工林が隣接)

  • 自生地における花型、花色の多様性