瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

小豆島における巨石海運技術の研究

独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所 高田祐一

活動の目的

小豆島は、近世大坂城石垣普請の際、当時、最高水準の高度な採石技術を駆使し巨石を切り出し、膨大な石垣石材を供給した。小豆島から大坂まで船で石材輸送したが、具体的な工程等はわかっていない。本研究は、この巨石の海運技術を研究することである。特に石切場と海上輸送の結節点である船積み工程に着目し、石材の船積み遺構の実地調査に取り組む。

活動の経過

春頃からこれまでの既存成果を整理し、課題を洗い出した。年間の詳細調査計画を立案した。
夏は、奈良文化財研究所遺跡調査技術研究室金田明大室長・山口欧志AFの支援をうけ、大坂城石垣石丁場跡小豆島石丁場跡八人石丁場の海岸部について、水中ソナー測量と水中写真測量を実施した。夏後半には、補足調査として共同研究者である福家恭・広瀬侑紀・鈴木知玲らと測量調査を実施した。
秋は、夏に取り組んだ調査成果の図面化と写真整理を行った。
冬は、調査報告書作成のため原稿執筆と編集作業を行った。
2018年2月には、地元住民の方と調査成果を共有するために現地案内会を開催した。20名の参加があり、今後もこのような案内会を継続してほしいという声が多数あった。
2018年3月、調査成果を取りまとめた報告書を刊行した。

活動の成果

近世初期の大坂城石垣普請のために切り出された石材の海運の一端が明らかになった。今回の海中残石の分布調査で、新たな海中石材の発見をはじめ、海中の分布状況を図化することができた。調査によって次の2点が明らかになった。
①石船の進入ルートと積み出しの場所
石材分布状況から、仮置きしている石材B・C群、積み出し場所であったD群と推定できる。21番石材は、単独で沖合にあることから、事故による転落あるいは船の沈没と推測できる。転落石材の存在は、船の進入ルートを示すものである。よって石船は南東から進入し、D群付近の波打ち際に着けたと推定できる。石材の積み込みの際に船を固定するために、D群北東にあるホゾ穴に杭など何らかの繋留設備があり、そこに綱を舫(もや)うことで、船を安定化させた可能性がある。
②海中に石材がある意味
21番石材は、船積みしたものの出船後すぐに何らかの事故で海底に沈んだものと推測される。瀬戸内海・大阪湾においてこのような事例は、積み出し時に限らず、寄港時・荷揚げ時や川舟での遡上時にも転落事故が多く発生している。船による運送の各工程で、石材を海に転落させてしまうことは、一定程度事故が起こるものとして損耗率を考え、石切場から石垣丁場に多めに石材を送り込んだと推測できる。

活動の課題

自然の落石では説明できない海中に石材があることから、船による石材の輸送において、一定数の事故が起きていると考えられる。このような事故の実態を把握するためには、陸上調査だけでは明らかにできず、今後は水中の調査が不可欠である。本調査地の他区域でも調査を継続することで、比較検討をしていく予定である。

  • 小豆島石丁場跡の海中に沈む大坂城の石垣石(角石)

  • 海中残石の調査風景。加工痕跡の有無を調べる

  • 地元住民の方の主催による現地案内会。これまでの調査成果を共有した