瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

瀬戸内海の離島集落における「生きた景観づくり」~空き家の活用と男木島らしい景観継承に向けた情報分析と発信~

安部良アトリエ一級建築士事務所

活動の目的

島史の存在しない男木島では、島の歴史や風土は集落景観によって継承されており、その景観を構成している男木島特有の家屋建築の存続が重要である。また、近年は移住者によって住み替えられる家屋が増えてきていることから、個々のライフスタイルに応じた改修や用途変更を受容しつつ、男木島特有の景観や風土を継承する「生きた景観づくり」が求められていると考える。そうした景観づくりを通じ、コミュニティの存続を支援することが私たちのミッションである。
そのため、集落景観の特徴・伝統的家屋の成り立ち・集落の変化と移住の動向などに関する知見を島内へと還元し、地域の魅力の向上や、コミュニティと景観の持続に貢献することを活動の目的とする。

活動の経過

2022年度の活動は主に下記の活動を行ってきた。
1)空き家リノベーションDIYワークショップ・勉強会
2)雑木林での子どもたちとの環境ワークショップ
3)知識・情報の可視化や資料アーカイブに向けた準備

1)のDIYワークショップ(WS)では、男木島移住者による空き家活用に際し、自主施工で可能な改修方法を検討し実際にWSで改修を行ったほか、他の島民を巻き込んだプロセスで、DIYスキルの普及にも取り組んだ。
2)の環境ワークショップでは、「男木島、みらいの教育プロジェクト」との協働が実現し、男木島の子どもたちと、島内の荒神林(コジバシ)と呼ばれる雑木林でのWSやレクチャーを実施。WSと並行し、荒神林の中に残る旧・保育所の建物を島民みずから修繕し、島内の新しい拠点とする準備が始まった。
3)では、これまでの研究内容を可視化し、島内へと還元するための情報整理や冊子発行に向け、アンケート調査や資料編集等の準備を進めてきた。また、島民が保管している写真や、男木島に関する資料のアーカイブに向けた情報収集とディスカッションを行ったほか、近隣離島である豊島での調査や打ち合わせも行い、男木島との比較データを収集しながら、島間の交流や協働に向けた準備も行った。

2022年度は上記の活動と並行して、代表・安部の博士研究として、10年以上続けてきた男木島集落での調査・研究・活動をもとに学術論文をまとめ、日本建築学会への論文投稿を行うなど、知見の整理や一般化に注力した。

活動の成果

1 空き家リノベーションDIYワークショップ・勉強会
WSと勉強会を通じ、空き家改修の方法やスキルの向上・共有を行うことができた。具体的には、屋根瓦の改修方法(瓦を下ろす、防水処理、瓦の葺き直し)や、土壁の補修と土の再利用、コンクリート土間による建物の耐震補強などが挙げられる。また、比較的簡単な壁の塗装作業などは、プロセスを外部にひらくことで、島内の子どもたちが参加する交流の場ともなった。また、2022年度の活動を通じ、空き家リノベーションや空き家の利活用に協力的な島民や島外の協力者などを発掘・育成できていると感じており、空き家改修のための協力体制やネットワークが確立しつつあることも、活動のひとつの成果であると考えている。

2 雑木林での子どもたちとの環境ワークショップ
男木島小中学校の保護者が中心となって活動している「男木島、みらいの教育プロジェクト」との協働で、荒神林の草刈りや道づくりに協力した。現地WSのほか、安部アトリエからは荒神林の生態系や植生、集落景観との関わりや里山環境整備についてのレクチャーなども行った。子育て世代の移住者らを中心に、島民側の主体的な活動が萌芽してきており、私たちの知見を活かしてもらいながら、今後のさらなる展開を期待できる。

3 知識・情報の可視化や資料アーカイブに向けた準備
安部アトリエが男木島集落での研究や活動を始めて10年以上が経ち、さらに2022年度は学会論文の投稿や博士研究なども行ってきたが、資料や情報の整理にはさらなる時間と作業を要する。また、かねてより課題としており、コロナ禍において中断していた、島民所有の写真や資料のアーカイブ化に向けた取り組みを再開すべく、参考事例の調査や、最新のデジタルアーカイブ手法に関するヒアリングを行った。それらの内容を島民と共有。

活動の課題

私たちの研究や活動内容は、2028年ごろを目処に活動成果の多くを島内へと還元し、島内の自治活動や、島民中心の空き家利活用・景観保全団体へと役割を委譲させていくことを目指している。2022年度は、島民や移住者側の主体的な活動やネットワークが構築されつつあることが確認でき、その一歩を踏み出せたことを実感している。
一方で、「生きた景観づくり」のための住宅整備方法のマニュアル化や、空き家管理・整備・移住相談と「生きた景観づくり」をリンクさせた活動母体の立ち上げとシステム化については、多くの作業を要することからも、検討・準備段階に留まっており、今後具体的に取り組んでいかなければならないと考えている。

  • 男木島の古民家での瓦屋根修繕 WS の様子

  • 男木島古民家での壁塗り WS の様子

  • 里山環境整備に向けたレクチャーの様子