瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

古民家転生:塩江の生きたアーカイヴを体験できる宿泊施設事業

一般社団法人トピカ

活動の目的

塩江町は、讃岐山脈の北側に位置し、徳島と香川の交通の要衝、宿場町として古くから栄えた町である。「宿泊できる歴史資料館」である「いにしによる」は、その特色ある文化を色濃く反映しながらも、地域住民が受け継いできた日常の生活史を展示し、体験してもらうために整備を行っている。整備にあたっては、文化人類学者の服部志帆氏を招聘し、学術的な知見によるアーカイヴの知的強度を高める。また美術家の小野環氏、横谷奈歩氏に参加してもらうことで、アーティストのアイディアと技術による地域史の直観的な理解を実現することを目標としている。この施設と活動を通して、奥深い塩江の社会史的な側面に気軽に興味を持ってもらうとともに、塩江に対するより深い理解を促進する。また、来訪者それぞれの地域に眠る歴史の様々な側面を知る気付きを得てもらうことも目的としている。

活動の経過

2020年から調査と作業を行ってきた「いにしによる」の作業を2022年度も継続して行った。作業としては、4月からアーカイヴの分類と記録作業を行った。夏季も定期的に有識者が来訪し、全832点のアーカイヴを記録、分類した。これを受けて9月に「入魂ワークショップ」と称して掃除を行った。年度末の時点で2階の宿泊と床下アーカイヴ展示スペースに関してはほぼ完成し、既に完成していた水回り部分と合わせて、ゲストハウスとして必須の機能は大体が完成した。一方で、後述する展覧会事業実施のため、当初予定していた記録済みアーカイヴを「いにしによる」に展示する作業は行わず、来年度以降の課題とした。
大きな事業として、当初の事業計画にはなかったものの、香川県立瀬戸内海歴史民俗資料館との共同開催での展覧会開催の相談が本事業に関してあり、2022年4月から本格的に調整が進んだ。有識者を交えた展示計画の作成や展示内容の作成を行い、同10月には「いにしによるー断片たちの囁きに、耳をー」と題して、瀬戸内海歴史民俗資料館瀬戸内アーカイブにて企画展を開催し、途中アーティストトークなども挟みながら12月18日まで展示を行った。この展示にあわせて、「いにしによる」本体も一般開放を行った。
活動にあたっては、地域住民と有識者の交流も重視し、来訪の度に食事会や地域住民の暮らしを体験するささやかな会を設けるなどして、有識者の地域理解と住民の活動への理解を促進した。

活動の成果

2022年度の活動の成果は大きく2つに区分される。ひとつ目は、塩江町にある「いにしによる」の施設そのものの作業の進捗である。2022年3月の時点で構造は出来ていたものの、アーカイヴの整理が間に合っておらず、展示物の配置も完了していなかった。2022年度はアーカイヴの整理が進んだことで2階部分は一般開放と見学に堪える形となった。
ふたつ目は、「いにしによるー断片たちの囁きに、耳をー」展の開催である。施設本体の作業途中での開催ということで、予定外の作業が大幅に増えたものの、展示の形と期限が明確にされたことで結果として施設本体に寄与する形で作業を進めることができた。具体的には、アーカイヴのモノと調査の過程で明らかになったストーリーを紐付け、カードに記載する作業や、展示スペースにどのように配置するかを考えることで結果的にモノの属性をチームで検討する機会を得たことは貴重な成果で、今後のアーカイヴ展示に大きく寄与する知見を得た。
地域への効果として、地元住民がそれまで廃棄物として認識しがちであった、使わなくなった生活雑貨や、家に眠る昔の書類・写真などの記録を「地域の歴史を示すアーカイヴ」として認識しはじめてくれたことを第一に挙げたい。  
また、服部氏の丁寧で、専門的な調査により家族でも認識できていなかった家の歴史と地域への接続が明らかになり、生活史や家族史が地域の大きな歴史に劣らず大切なものであるということを実際に住民に対して示すことができた。
美術家の小野氏、横谷氏の今年度の作業と展示に際して作成していただいた作品群には、調査の成果やこれまでの作業と地元住民との交流で得たイメージをインスタレーションや立体、映像や音声作品など様々な媒体を通して表現していただくことで、地元住民のみならず、展示を観覧した方々にプロジェクトの意味と面白さを伝える力があった。実際、様々な属性の方から直接、間接的にフィードバックをいただいた。

活動の課題

まずもって、施設の恒常的な一般開放と宿泊も含めた利用に向けて、2023年度は引き続き必要な工事と作業を進めることが今後の課題となる。また、収集したアーカイヴの全てを展示するスペースが施設にないため、今後どのような形でアーカイヴを帰属させていくかも大きな課題となる。
また、「いにしによる」の位置する塩江町上西地区では段々と認知度があがってきた本プロジェクトではあるが、他の塩江・安原地区ではまだ十分に理解されているとは言えない部分があり、町内向けの報告会や広報を重点的に行うことを予定している。地域住民の理解を得ながら、塩江町の内と外、過去と現在の交流拠点として機能する施設に仕上げていきたい。

  • 入魂ワークショップ(お掃除ワークショップ)の様子

  • 地域住民を招いての展覧会見学

  • 「いにしによる」床下アーカイヴ